1 / 14
1948年
 私の父である先代(綿谷 優)が、
 丸亀市平山町にて「わたや食堂」を開業。

1965年
 戦後の高度成長時代にあわせて
 近場に工場がたくさん建ち並び、
 食堂の経営もだんだんと一般客から、
 配達する会社の昼弁当へと変わっていきました。

 そして1965年、わたや食堂から屋号を改め、
 「丸和給食」として
 企業中心の給食弁当会社となりました。

1976年
 私も経営に参加しました。
2 / 14

1978年
 北平山町の店舗が手狭になった為、西平山町に新社屋を新設移転。

同年12月
 「丸和給食株式会社」を設立。一日1,000食程のお弁当を製造しておりました。

 当時は同様の給食弁当会社が多く、お互いに鎬(しのぎ)を削っていました。
3 / 14

1989年
 多度津にある波止浜造船(現 ツネイシホールディング株式会社 常石造船カンパニー)
 の工場内の社員食堂の経営を始める。

 ここから当社は、丸亀市西平山町での企業向け配達の給食センターと
 多度津町波止浜造船内の社員食堂の2本立ての経営となりました。
4 / 14
社員食堂内には、弁当とは別に「うどんコーナー」というものがあります。
製麺会社からうどん玉を仕入れ、
昼休み開始のチャイムと同時に10分間に300玉が売れるところです。

ある時から私は、このうどん玉を自分で作れないかと、
いろいろ研究するようになりました。
やがて社員食堂のうどん玉は、自社で作れるようになりました。

次はうどん店を経営したいという気持ちが沸いてきました。
5 / 14

1997年7月
 丸亀市西平山町にて、「麺処 綿谷」オープン。
 席数40席。

「じっくりいこう」
 来店してもらったお客様に、
 おいしいものを満足して食べてもらおう。
 そしたら今日より明日、明日より明後日と
 そして、ゆっくりでも
 口コミで増えていってくれたら……
 そんな思いでした。
6 / 14

1ヵ月もすると
「ここは肉うどんが美味しい」と聞いてきたと
来店してくれるお客様が増えてきました。

社員食堂で牛丼をメニューに入れていたのですが、
その肉が本当に柔らかくておいしいので
玉子を加え、肉うどんを作っていました。
7 / 14

今度は「冷たいぶっかけに、肉をのせて」と
若い男性の方に注文されました。
毎日来店していただいている方で、
私の返事としては
「脂がまわって、美味しくないのでは」
と言いましたが
どうしてもというので、
冷たいぶっかけに、肉をのせました。
帰りに
「メチャクチャ美味しい、これから毎日これにする」
と言いました。

それならメニューに加えてみようと、
「肉ぶっかけ」が誕生しました。
8 / 14

7月にオープンして2ヵ月程たち、
ありがたいことに徐々にお客様が増えていき、行列ができるようになりました。

少し寒くなった頃から、ぶっかけうどんで多少頭を悩ますことが起こりました。
その当時はここ讃岐でも、あまりぶっかけうどんは馴染みがなく、
温ぶっかけを注文したのに「温かくない」というトラブルが続きました。

本来、温ぶっかけは、冷たい麺に温かいダシをかけるだけなので、
「ぬるい」のが正直なところです。

そこで、当店でのネーミングとして、
ぶっかけは、「冷たい麺に冷たいダシ」
温ぶっかけは、「冷たい麺に温かいダシ」
温々ぶっかけは、「あたためた麺に温かいダシ」
と、させて頂くことにしました。
9 / 14

もともと当社は、働く方々の昼食を提供する会社です。
貴重な昼休みでの来店ですので、できるだけ早く、安く、
満足していただくことを目標にしています。
長く待たせることは出来ません。

少しでも作業効率を良くし、少しでも早くお客様にお渡しする。
そした努力を続けていたのですが、別の問題が発生しました。

お客様の数に対して、席が足りなくなったのです。

店内が、まるで“おしくらまんじゅう”の様でした。
お客様が食器返却の際、手を上にあげないと
店内を移動できない様な状態になっていました。
10 / 14

2003年10月
 これ以上お客様に迷惑はかけられない、そう思い、現在地の北平山へ店舗を移転。
 以前の3倍程の広さになりました。

 今度は、席数が120席。席は十分にあるのですが、またも問題が。
 うどんを提供するのに時間がかかって席が空いています。

 12時を過ぎると30~50人の行列ができ、10分20分と待たせてしまい、
 これでは昼休み中のお客様に大変な迷惑をかけてしまいます。
11 / 14

そこで、今のかたちの各分業制に辿り着きました。

スタッフを、それぞれ7つの持ち場に配置します。

①麺をゆがく人 ②玉取りをする人 ③注文を聞く人
④麺を温める人 ⑤具のトッピングをする人
⑥ダシをかけてお客様に渡す人 ⑦レジの人

これで、行列時は注文してレジを終えるまでに
1人あたり10秒という早さになり、多少行列があっても
無理なく並んで頂ける様になりました。

ちなみに昼時(混雑時)以外は、
もっとゆっくりと対応しております。
12 / 14

先程も申しましたが、弊社は 肉ぶっかけをおすすめメニューにした訳ではなかったのですが、
肉関係が増えていきました。

そこに突然の牛肉の輸入停止── 2003年12月末でした。

1ヵ月程は食品会社の協力もあり調達できたのですが、 2月頃から牛肉の流通が悪くなりました。

そこで弊社は、肉ぶっかけを牛肉から 安定した品質が仕入できる、良質の豚肉に変更しました。
13 / 14

豚肉ぶっかけで食べてくださる方、
「豚肉はどうも……」と普通にぶっかけを食べてくれる方、
お客様の反応は様々でした。

4月頃から、牛肉の流通も改善され
安定した品質の牛肉を、仕入れることができる様になりました。
牛肉ぶっかけの復活です。

豚肉ぶっかけは止めようと思ったのですが、
お客様の中には豚肉ぶっかけのファンも出来ていて、
牛肉と豚肉、選べる様にしました。
又、「スペシャルぶっかけ」といって、
牛肉と豚肉両方入ったメニューもあります。
14 / 14

そして現在、
平日で  牛肉:45kg 豚肉:15kg
土曜日で 牛肉:60kg 豚肉:30kg
を使用しています。

麺処 綿谷 と 社員食堂、1日約2,000人の昼食の
お世話をさせて頂いております。
















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1948年
 私の父である先代(綿谷 優)が、
 丸亀市平山町にて「わたや食堂」を開業。

1965年
 戦後の高度成長時代にあわせて
 近場に工場がたくさん建ち並び、
 食堂の経営もだんだんと一般客から、
 配達する会社の昼弁当へと変わっていきました。

 そして1965年、わたや食堂から屋号を改め、
 「丸和給食」として
 企業中心の給食弁当会社となりました。

1976年
 私も経営に参加しました。
2 / 14
1978年
 北平山町の店舗が手狭になった為、
 西平山町に新社屋を新設移転。

同年12月
 「丸和給食株式会社」を設立。
 一日1,000食程のお弁当を製造しておりました。

 当時は同様の給食弁当会社が多く、
 お互いに鎬(しのぎ)を削っていました。
3 / 14
1989年
 多度津にある波止浜造船
 (現 ツネイシホールディング株式会社
 常石造船カンパニー)
 の工場内の社員食堂の経営を始める。

 ここから当社は、丸亀市西平山町での
 企業向け配達の給食センターと
 多度津町波止浜造船内の社員食堂の
 2本立ての経営となりました。
4 / 14
社員食堂内には、弁当とは別に
「うどんコーナー」というものがあります。
製麺会社からうどん玉を仕入れ、
昼休み開始のチャイムと同時に
10分間に300玉が売れるところです。

ある時から私は、
このうどん玉を自分で作れないかと、
いろいろ研究するようになりました。
やがて社員食堂のうどん玉は、
自社で作れるようになりました。

次はうどん店を経営したいという
気持ちが沸いてきました。
5 / 14
1997年7月
 丸亀市西平山町にて、「麺処 綿谷」オープン。
 席数40席。

「じっくりいこう」

 来店してもらったお客様に、
 おいしいものを満足して食べてもらおう。
 そしたら今日より明日、明日より明後日と
 そして、ゆっくりでも
 口コミで増えていってくれたら……
 そんな思いでした。
6 / 14
1ヵ月もすると
「ここは肉うどんが美味しい」と聞いてきたと
来店してくれるお客様が増えてきました。

社員食堂で牛丼をメニューに入れていたのですが、
その肉が本当に柔らかくておいしいので
玉子を加え、肉うどんを作っていました。
7 / 14
今度は「冷たいぶっかけに、肉をのせて」と
若い男性の方に注文されました。
毎日来店していただいている方で、
私の返事としては
「脂がまわって、美味しくないのでは」
と言いましたが
どうしてもというので、
冷たいぶっかけに、肉をのせました。
帰りに
「メチャクチャ美味しい、
 これから毎日これにする」
と言いました。

それならメニューに加えてみようと、
「肉ぶっかけ」が誕生しました。
8 / 14
7月にオープンして2ヵ月程たち、
ありがたいことに徐々にお客様が増えていき、
行列ができるようになりました。

少し寒くなった頃から、ぶっかけうどんで
多少頭を悩ますことが起こりました。
その当時はここ讃岐でも、
あまりぶっかけうどんは馴染みがなく、
温ぶっかけを注文したのに
「温かくない」というトラブルが続きました。

本来、温ぶっかけは、
冷たい麺に温かいダシをかけるだけなので、
「ぬるい」のが正直なところです。

そこで、当店でのネーミングとして、
ぶっかけは、「冷たい麺に冷たいダシ」
温ぶっかけは、「冷たい麺に温かいダシ」
温々ぶっかけは、「あたためた麺に温かいダシ」
と、させて頂くことにしました。
9 / 14
もともと当社は、
働く方々の昼食を提供する会社です。
貴重な昼休みでの来店ですので、
できるだけ早く、安く、
満足していただくことを目標にしています。
長く待たせることは出来ません。

少しでも作業効率を良くし、
少しでも早くお客様にお渡しする。
そした努力を続けていたのですが、
別の問題が発生しました。

お客様の数に対して、
席が足りなくなったのです。

店内が、まるで
“おしくらまんじゅう”の様でした。
お客様が食器返却の際、手を上にあげないと
店内を移動できない様な状態になっていました。
10 / 14
2003年10月
 これ以上お客様に迷惑はかけられない、
 そう思い、現在地の北平山へ店舗を移転。
 以前の3倍程の広さになりました。

 今度は、席数が120席。
 席は十分にあるのですが、またも問題が。
 うどんを提供するのに時間がかかって
 席が空いています。

 12時を過ぎると30~50人の行列ができ、
 10分20分と待たせてしまい、
 これでは昼休み中のお客様に
 大変な迷惑をかけてしまいます。
11 / 14
そこで、今のかたちの各分業制に辿り着きました。

スタッフを、それぞれ7つの持ち場に配置します。

①麺をゆがく人 ②玉取りをする人
③注文を聞く人 ④麺を温める人
⑤具のトッピングをする人
⑥ダシをかけてお客様に渡す人 ⑦レジの人

これで、行列時は注文してレジを終えるまでに
1人あたり10秒という早さになり、
多少行列があっても
無理なく並んで頂ける様になりました。

ちなみに昼時(混雑時)以外は、
もっとゆっくりと対応しております。
12 / 14
先程も申しましたが、弊社は肉ぶっかけを
おすすめメニューにした訳ではなかったのですが、
肉関係が増えていきました。

そこに突然の牛肉の輸入停止──
2003年12月末でした。

1ヵ月程は食品会社の協力もあり
調達できたのですが、
2月頃から牛肉の流通が悪くなりました。

そこで弊社は、肉ぶっかけを牛肉から
安定した品質が仕入できる、
良質の豚肉に変更しました。
13 / 14
豚肉ぶっかけで食べてくださる方、
「豚肉はどうも……」と
普通にぶっかけを食べてくれる方、
お客様の反応は様々でした。

4月頃から、牛肉の流通も改善され
安定した品質の牛肉を、
仕入れることができる様になりました。
牛肉ぶっかけの復活です。

豚肉ぶっかけは止めようと思ったのですが、
お客様の中には
豚肉ぶっかけのファンも出来ていて、
牛肉と豚肉、選べる様にしました。
又、「スペシャルぶっかけ」といって、
牛肉と豚肉両方入ったメニューもあります。
14 / 14
そして現在、
平日で  牛肉:45kg 豚肉:15kg
土曜日で 牛肉:60kg 豚肉:30kg
を使用しています。

麺処 綿谷 と 社員食堂、1日約2,000人の昼食の
お世話をさせて頂いております。


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